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2005/11/22

雛鶴隧道

hinaduru 1971-2年?中学生のころのものだと思う。残念ながら詳細な時期がどうしても思い出せない。写真は雛鶴隧道付近で私の親友N君がちょっとALPS萩原慎一さんの広告写真を意識して撮ってくれたもの。

他に新芽を指さしている写真などがあり、おそらく春先に行ったものであろう。電車で笹子峠付近まで輪行して雛鶴隧道を超えて橋本まで出て、そこからまた輪行で帰ってきたという記憶がある。

hinaduru2 雛鶴隧道は良く覚えていて、トンネルの中は当然暗くあまり幅が広くないものだから、前から車など来るライトが見えると緊張したものだった。webで雛鶴隧道を調べて見ると、私が30数年前に見たものと変わらぬ形の写真を見つけることが出来た。ちょっと大げさだがグッと来るものがあったのだが、その写真のトンネルは通行止めの柵が施され現在は通れなくなっているようだ。さらに調べていくとどうやら1986年頃に新道トンネルが出来て閉鎖となったらしい。

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コメント

はじめまして。『NC』誌で編集をされていた山本秀男氏が、横浜に開いた「サイクルハウスコンパ」というお店のクラブに所属している者です(先代の萩原さんにもお会いしたこともあります)。

どなたのところからお邪魔したのかは分からなくなってしまいましたが、雛鶴隧道の写真があまりにも懐かしく、ついついコメントさせていただきました。

雛鶴隧道は'85年3月10日にクラブランで走りました。上野原を起終点に猿橋-朝日小沢-久保-峠-奥牧野と回りました。

真っ暗で、当時も寂れていたはずですが、閉鎖にまでなっているとは思いませんでした。
いずれクラブ(cr2c)のHPにでも、その時のアルバム画像をアップしたいと思います。
http://blog.drecom.jp/cr2c045

投稿: mohik | 2006/03/08 19:27

mohikさん、遙か30数年前の旅記録にコメントありがとうございます。たしかに雛鶴隧道は暗いことばかりが記憶に残っております。僕はまた一度再確認に行こうと思っています。

サイクルハウスコンパ、行ってみたいですね。山本秀男さんの記事はなかなか技術系であったように記憶しています。

投稿: kazuhiko | 2006/03/09 02:27

kazuhikoさん、言葉足らずで失礼しました。残念ながらショップも仕舞われ、そののち秀男さんも亡くなられております。

元々秀男さんを慕って集まったクラブ員が、その後も活動を続け、会員も増えているようです。遠隔地会員の私は皆さんにお任せで(お会いしたことすらない方も...)、数年に一度、信州ラン等にだけ参加させてもらっています。

雛鶴隧道再訪記、拝見できる日を楽しみにしております。

投稿: mohik | 2006/03/10 17:23

mohikさん、実はコメントお返しした後山本さんが亡くなられた旨の記事をNC誌上で読んだ気がしたのです。どなたかが形見分けのようなお話もあったとおもいますが?。こちらこそ気づかずすみませんでした。

投稿: kazuhiko | 2006/03/11 12:02

閑話休題。kazuhikoさん、早速クラブのHPに画像を上げました。よろしければご覧下さい。
http://blog.drecom.jp/cr2c045/archive/58

トラックバックさせていただこうと試みたのですが、上手くいきませんでした。しかしながら、こちらのURLを掲載させていただきました。もし不都合等ございましたらお申し付けくださいませ。

投稿: mohik | 2006/03/11 19:24

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これは第二期少年期の自転車、大学に入ってからの自転車、赤いランドナーの話だ。 1963年、芸大の2年生の時、再び自転車熱がぶり返した。 一年下に道家駿太郎氏が入ってきて、彼に出会ったのが原因だ。すっかり自転車を忘れていたのに、彼が作りつつあるキャンピング用車の話に魅せられ、再びルネルスのランドナーを夢見てしまった。...... [続きを読む]

受信: 2005/12/18 11:50

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