なぜか今年はハンドメイドバイシクルフェアが2度あった。麻薬のように出かけてしまう。年に二度あるということは、やはり手作りで自転車・フレームを作っているビルダーの方々にはなかなか大変ではないかと思ってはいた。気のせいかそれまでの回よりエネルギーが感じられなかった。その中で僕の気を引いたのは「古い車」だった。東京オリンピックロード用国産予備車(昭和39年 1964年)。説明書きによると
昭和37年、日本自転車工業会が2年後のオリンピック東京大会に使用することを前提にロードレーサーの試作を行った。制作には土屋製作所・片倉自転車・川村産業・日米富士自転車の4社が担当した。各社はそれぞれオリンピック候補選手20人を対象に、寸法角度を各選手の身長条件に合わせて5台づつ製作した。この試作車の中から4台がジャカルタで開催された第4回アジア大会で、5台がミラノで開催された世界選手権に参加した選手によって乗車された。アジア大会ではこの試作車に乗って大宮政志選手が2位となった。
- フレーム:土屋製作所
- ギヤクランク:杉野鉄工所
- ディレーラ&ハブ:三光舎
- ハンドル&ステム:日東ハンドル
- サドル:藤田サドル
- リム:新家工業
- タイヤ:大和ゴム
- ペダル:三ヶ島製作所
- チェン:報国チェン
この東京オリンピック用はワイマンのブレーキとゼファールのフレームポンプ以外は国産を使用しているが、昭和37年の試作車の段階ではブレーキも国産であった。残念ながら、オリンピックレース本番では大宮政志選手以外はチネリを採用し、国産ロードレーサーは予備車に甘んじることになってしまった。
フレームはEverestのラグレス、丸パイプフォーク&リア剣先メッキで東京オリンピックのポスターと同じヘッドマークがカッコイイ。三光舎のフロントディレイラーの取り付けバンドはその後のMTB用と同様の方式、リアはSimplexのレイドエキスポールのようなPAかな?。日東のステムは今ではクラシックなランドナーに使われるハイクラウンで、エクステンションの短いのが時代を感じさせるが、僕にはとても波長の合う1台だった。
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